永瀬社長の広告宣伝!

竹村:「東進」の思い出話も今回で3回目になりますので、最後は永瀬社長の優れていた点についてお話ししていこうと思います。まずは広告宣伝のセンスです。

吉田:センスのよさは言うまでもないですが、特筆すべきはやはりこだわりの強さです。校了日が決まっていても納得できなければ即刻白紙に戻します。一切の妥協を許しません。

竹村:本当に一字一句、合格した生徒の写真1つにまで、常に長い物差しを持ちながら、細部にわたってこだわり抜きました。当時の「東進」は3大予備校といわれていた「代々木ゼミナール」、「駿台予備校」、「河合塾」に非常に後れを取っていました。3大予備校のそれぞれの特徴を生徒たちは、講師の「代ゼミ」、生徒の「駿台」、机の「河合塾」と言い表しました。その中にあって「東進」は、広告宣伝の「東進」といわれていました。

その肩書きは決していい意味ではありません。講師が優れていた「代ゼミ」、受講生のレベルが高い「駿台」、学習環境がいい「河合塾」、その一方で「東進」は宣伝だけの塾でした。ただ、最終的に勝者となるのは生徒をより多く集めた塾です。永瀬社長は常に、ありがちな教育をしているだけでは生徒は集まらないと言っていました。

生の授業から映像の授業へ!

竹村:なので、何が何でも広げるために広告宣伝に注力しました。1人電通のような方だったのでさぞ骨が折れたことでしょう。先見性も非常に優秀で、常にこれから先の時代がどうなるのかを模索していました。「東進衛星予備校」の売りは先見性で、普通とは違う塾を信条としていました。そこで高等部を開校し、全国の地域格差を埋めることにしました。また、将来は映像の授業になると考えていました。当時、そのような未来を予見していた人はいませんでした。

吉田:経営側としてはとても苦労をしました。

竹村:先行きを見通せたとしてもその時代がすぐにやってくるわけではありません。正直なところ、僕も映像授業が主流になるとは思っていませんでした。

吉田:僕らは本部で映像のダビングなどをしていたので授業をよく見てました。すると、意外と面白くて途端に引き込まれてしまいました。

広告宣伝の重要性と信念の固さ!

竹村:「東進」がなぜ成功したのか、多くのさまざまな意見がありますが、僕はやはり永瀬社長の先見性にあると思います。生の授業よりも映像の授業のほうがj効果があると予見していました。当時よく加盟校からは値引きすれば入ると言われていました。映像はダビング、コピーができるため生の授業よりも安価になるだろうと思われていました。ただ、それは永瀬社長が許しませんでした。映像の授業のほうが価値があり、生徒のためになるのだから値引きはしない、その信念を貫きました。仮にもし半額にしたらどうなっていたでしょうか? ビデオ予備校などと揶揄されていたかもしれません。今では映像授業のほうが主流で、予備校といえば「東進」になっています。時代に乗り遅れた「代々木ゼミナール」は少し退き、丁寧に模倣した「マナビス」が伸びています。これらは永瀬社長の先見性の賜物です。広告宣伝の重要性と先を見据えて信念を貫く姿勢は非常に勉強になりました。

竹村:なので、「武田塾」の林さんとは全くタイプが違います。思い出話にはキリがないので、このあたりで終わりにしたいと思います。