吉田さん、昔話をしよう!

竹村:今回は吉田さんと「東進」時代の話をしようと思います。僕は平成元年入社、吉田さんは平成2年入社ですが、当時の「株式会社ナガセ」は本当に無名でした。

吉田:「駿台予備学校」なども受けていましたが、「東進」はあまり知られていない塾でした。

営業のはずが、なぜか人事へ!

竹村:当時は「東進スクール」という塾がメインで、武蔵野地区では有名な塾でしたが、会社としては本当に小規模でした。予備校のハイスクールという新規事業は、僕が入社する2~3年前ぐらいにスタートした、伸び代のある塾という位置付けでした。それに伴って僕が入社する前年から総合職も採用するようになりました。それまでは講師しか採用していませんでした。「東進」に入社する際、永瀬社長には営業を教えると言われていました。ところが入社してみると人事でした。営業力を磨くのに一番適しているのは人事だからという理由でした。それは実際に当たっていました。バブルの時代なので人材をなかなか確保できません。内定を出しても大手に流れてしまいます。そのような状況が3年ほど続きました。その中で吉田さんは入社してくれたので、非常に好印象でした。

竹村:あまりにも辞退されるので、吉田さん以後は大学のランクが下がっていきました。

吉田:1年目は竹村さんと一緒に人事にいましたが、次の年は4人しか採用できませんでした。

バブル期は人材が安定しなかった!

竹村:会社は伸びているのに採用できない状況が続きました。また、せっかく採用した社員も辞めていきました。そこで、今日は『東進ハイスクールの挑戦』という本を持ってきました。

吉田:懐かしいです。

竹村:これはおそらく新卒採用を意図して作った本です。僕もこの本の中の「株式会社ナガセ」を支える若いパワーの一員として載っています。1500万円で50人採用しろみたいなエピソードも載っていますが、注目すべきは若いパワーの人数です。12~13人載っていますが、ほとんど残っていません。

カリスマ社長だったので気圧されて辞めてしまうケースが頻発しました。次回に続きます。